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村口きよ女性クリニック

女性の身体についてエッセイ集

更年期、性の相談「後編」

(「現代のエスプリ 性の相談」(平成16年1月1日発行)に掲載)

二、更年期女性の性の相談

 更年期の性に関する相談は、身体症状の異常として訴えられるものと心身相関の異常としての心身症として表現されたものに大別できる。しかし前者でも心因が関与することも多く、すべてが心理的対応が必要であると考えておくべきである。いくつかの代表例について述べながら、性の相談について考えてみる。

1)身体症状を訴えての性の相談

性交痛

 更年期には女性ホルモンの低下により、膣粘膜の萎縮を起こし、性交時に痛みを感じることが多い。40代ではほぼ三割、40代では四〜五割の女性が性交痛を訴えるとの報告4)があるが、前出の調査3)でも「いつもある」「時々ある」を合わせると、性交痛を訴える女性は40代前半で5割、40代後半から50代前半では六割近くの女性が性交痛を訴えている。その満足感では、痛みはあっても満足感が強いと答えた者が多く、性交を肯定的に受け止めており、こうしたケースはホルモン補充療法(HRT)やゼリーを使うなどで容易に解決する。しかしHRT普及率はいまだ数%に過ぎず5)、HRTへのハードルは高く、前出の調査でもゼリーを使用してセックスを楽しみたいという女性は四割程度に止まるというのが日本の現状であり、実際に受診し相談をする者はいまだ少数である。60歳近くになって癌検診時に強い痛みを訴えた女性がいた。膣粘膜の発赤、点状出血がひどく、「もうずうっとセックスしていませんね」と尋ねたら、40代で性交痛を感じて以来、怖くなってセックスを断るようになってしまったと言う。堰を切ったように話された様子がとても印象的であった。折々の診察の機会に医療者側からの積極的引き出し、問いかけの必要性を痛感されたケースであった。

萎縮性膣炎

 閉経によるエストロゲンの低下は膣粘膜の萎縮を招き、膣粘膜は非薄となり、自浄作用の低下をもたらし、容易に細菌感染を起こす。膿性帯下の増加、性交痛・出血などの症状を起こす。妻は姑の介護のため、夫は仕事人間のため、それぞれの事情のために別々に寝ていた夫婦が、親を看取り、夫も定年を迎え、久しぶりにセックスをしたが痛みと出血のために途中で断念したというケースに出くわした事があった。男女の性、老化のしくみについて知らない、性が日常生活の夫婦関係の中で不可欠なものとされていない、様々な事情で性は風化してしまう、旧来からの家族制度、男性の一方通行的性・・、それらのつけが、更年期以降の男女の性を一層切り離していく。本症は一時的発症に止まらず、将来的にも継続した管理が必要であるが、しかしその背景にはあまりに大きな課題があり、女性の治療継続の意志、熱意を引っ張っていくのも容易なことではなく、クライエントの撤退という事態で終始することも多い。

2)心身症としての性の相談

更年期障害

妻44歳、夫44歳、共働き

 「夫とのセックスを受容できない、このままではさびしい人生と思う。何とかしたい。」とのことで妻が相談を希望し来院した。24歳で見合い結婚をし、夫は初めての男性。25歳で長男を出産したが三日間もかかった難産で大変つらい体験だったとの思いが強く、翌年避妊の失敗で妊娠したが、中絶した。ずうっと共働きで、子どもは妻の両親に預け、九年前両親の敷地に二世代住宅を建てた。夫も恋愛経験はなく、まったくの仕事人間で現在管理職、八年前から単身赴任であり、週末には帰宅する。最近、肥ってとても不恰好で嫌だと思ってしまう。妻の両親は仲の良い夫婦であり、父親は性に対して厳格な人。彼女は高校の頃痴漢に襲われかけた経験があり、性器を見せられ嫌悪感を持ち、いまだ男性性器への恐怖感を持っている。マスターベーションを始めたのは十九歳のころだが、そのきっかけは覚えおらず、その後たまにはあったが、現在はまったくない。三年前からセックスが嫌になり、はっきり夫へも言い渡し、離婚してもいいとも言った。
 痴漢にあったという性のトラウマを清算できぬまま結婚した妻が、引き続いての出産時の辛い体験、避妊の失敗による中絶体験から性を喜びとできぬまま、一方夫は勃起、射精の身体反応レベルの一方的に放出するだけの男性主導のセックスパターンを超えられぬまま、更年期の入り口に差し掛かり、妻の一方的撤退宣言を突きつけられる事態になったのである。淡白な義務感だけのセックスにノーと言えたことは、妻にとって性成熟のための大きな一歩である。「それでは人生さびしすぎる」と気付き行動できたことは、「楽しいセックスをしたい」との無意識下の叫びでもあり、自分のハングリーの自覚、行動変容のきざしでもある。彼女自身のセクシュアリティを整理し、夫との人間関係の修復に一歩を踏み出すことを決意したが、いまだその後の相談はない。

さいごに

 医療現場で出会う更年期の女性たち、あまりに性について知らない。男女のからだ・性反応の違い、老化のしくみ、更年期以降に起こるからだの変化・・・、そうした身体に関わる知識は何とか伝えることはできる。しかし、人生の折り返し点にあって、その後の長い年月、からだをどのように維持し鍛え守っていくか、それはその女性の性の生き方、価値観いかんであり、同時に女性とそのパートナーとの関係性そのものによって決定づけられる。日本でも一九九九年男女共同参画基本法ができ、男女平等の社会へのコンセンサスはできたものの、いまだ男女の間に立ちはばかる非対等性の社会の壁は厚い。更年期の女性たちから発信される性の諸相、性の訴えは、まさに男女の関係性に内在する根源的矛盾そのものを映し出している。それは意図するしないに関わらず、“まじめな善良な”男女を引き裂き、結果として女性の人格喪失、男女の孤独へとつながっていく。更年期の性の相談は、男女の関係改善、ジェンダーバイアスに挑む立場で取り組まなければならないことが多く、とてもエネルギーのいる課題である。


参考文献:

  1. 村口喜代:成熟期の性、こころの健康、十三(二)、四十二−四十六、一九九八.
  2. 荒木乳根子:セクシュアリティ、新女性学体系、更年期・老年期医学、二十一巻、二三九—二四九、二〇〇一.
  3. 日本性科学学会、セクシュアリティ研究会、代表.荒木乳根子、「カラダと気持ち」.三五館.二〇〇二.
  4. 廣井正彦:中高年婦人の性、ホルモンと臨床、三十八増刊号、一九九〇.
  5. 麻生武志:これからのHRTは」どうあるべきか、産婦人科治療、六(十二)、七〇〇−七〇四、二〇〇一.
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