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村口きよ女性クリニック

女性の身体についてエッセイ集

クリニックにみる若者の性 (4)

(平成14年7月15日発行 sexuality NO.5に掲載)

ピルと女性の意識変容

 私がクリニックを開設してちょうど3ヵ月後(1999年9月)、待たされ続けたピルがついに解禁となった。ようやく日本も避妊の新しい時代を迎え、日本社会にピルが定着していくのか、女性がピルをいかに受容していくかを語れる時を迎えることができた。
 昨年、私が関わっている私立短大の「女性論」講義の試験で「ピルが日本社会にもたらす意味、いかに浸透していくのか」について書いてもらったことがある。「男性中心の社会で、セックスにおいても男性が権力を握ってきた。・・・・これからは女性の社会進出が進み、妊娠、出産も女性が中心に考えていけるようになり、ピルはもっと使用されるようになると思う」といったことを書いた学生がたくさんおり、予想以上の反応にとても勇気づけられたことがある。ピルはまさに女性の生き方、人生と表裏一体化したものであり、そうした理解、コンセンサスが得られる土壌はしっかり出来つつあるのだろう。とは言え、これまでのいくつかの報告でも実際にピルを服用したいと答える女性は少なく、ピル受容のためには今後幾多のハードルを乗り越えていかなければならないことは言うまでもない。

若者の間に浸透するピル(図1,2)

 当クリニックにおけるピル服用者は、ピルの認可以来確実に増えており、認可1年目を迎えるころからほぼ2倍と急増加し、以来同様に推移している。途中で服用を中止する者が2〜3割はいるが、かなりの者が長期に亘り服用を継続している。
 ピル服用者の8〜9割は未婚者であり、ここ1年の集計では10代、20代前半がほぼ6割を占め、結婚がいまだ視野にない若者の間にピルは確実に浸透している。

ピルの処方人数
ピル服用者の使用動機
ピル選択の動機は?(図3)

 ピル選択の動機は、「避妊のため」と回答した者が多いのは言うまでもないが、うち「避妊の失敗から」、つまり人工妊娠中絶を契機にピルを選択した者が半数以上を占める。日本では1995年以降、若者の人工妊娠中絶が増加の一途を辿っており、その減少は21世紀初頭の最重要課題の一つである。避妊の失敗がきっかけとはいえ、ピルの普及が進むことは女性のリプロダクティブヘルスの前進であることには相違ない。一方、ピル服用の動機に「生理痛」「月経不順」「PMS」も多く、女性にとって月経に関わる悩み、苦痛は軽視し難いものである。

KA(人工妊娠中絶手術)後にピルを使用した者
中絶後であってもピルへのハードルは高い(図4)

 確かにピル服用者のうち、中絶がきっかけになる者は多い。しかしながら、中絶手術を受けた者全体の中でみれば、実際にピルを服用した者は残念ながらいまだ少数である。当クリニックで中絶手術を受けた者のうち、手術後ピルを服用した者は10代では8.3%、20〜24歳では9.5%に過ぎなかった。術後、それぞれの認識、意識レベルを考慮した避妊指導を行っているのではあるが、ピル選択への道程は容易ではないことを思い知らされる。

ピルを服用するにあたっての相談相手
パートナーが良き相談相手か?(図5)

 ピルを服用するかどうか、パートナーに相談する者はほぼ半数に過ぎない。友人は予想通り多いが、一方で母親に相談している者も多く、以外とも言える結果であった。また、パートナーがピルを服用していることを知っている者はほぼ7割であり、残り3割の者はパートナーに知らせず、理解を得られないままピルを服用していた。実際、中絶手術後にパートナーと共に避妊指導を希望する者は極少数であり、男性側の意識変容の兆しは未だしである。失敗を契機とはいえ、いま女性側の意識は「男性依存から主体者へ」と根本から変わりつつあり、確実に地殻変動を起こし始めている。

パートナーのピル使用認識
友人同士の情報交換が進んでいるが・・・

 「友人にピルを勧めたことがあるか」と聞いてみると、4割の女性は「勧めたことがある」と答えている。ピル解禁以来、女性向け雑誌などメディア側からの情報が多く、そうした情報を媒介にして女性同士がピルを話題にしている者が多いのであろう。ピル服用者の中には情報誌を読んで来院する者も多い。その一方、養護教諭や医療関係者などに勧められて来院する者は極少数であり、信頼できる情報がいっこうに当事者に届いていない。その辺にこそ、ピル普及のための重要な手がかりがありそうである。
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 「緊急避妊のためのピル」を希望して若いカップルが来院した。「避妊に失敗したのは何時ですか」「昨夜の10時ごろです。コンドームが破れていたんです」「最後の月経は何時でしたか」「○月△日からです」「昨夜はちょうど排卵前ころですね。緊急避妊ピルの情報はどこから得ましたか」「友達からです」・・・・そうした問診を傍らで真剣な眼差しでパートナーが聞いていた。緊急避妊ピルのしくみ、服用の実際、注意を説明している間も何回もうなずき、二人で立ち上がって「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀をして診察室を出て行った。
 こうしたカップルがたまに訪れるのも昨今の医療現場の一こまである。女性達ほどの変化ではないが、男性達も変わりつつある、そのことが確かなうねりとして感じ取れるのも最近のうれしい光景である。

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