女性の生殖能力を測る指標である「卵巣」の機能は30歳代の後半から徐々に低下していき、つまり「卵巣の老化」が始まります。
卵巣の機能を卵巣が分泌する女性ホルモン (エストロゲン、プロゲストロン)の消長で見ると、30歳代から低下していくのが分かります。
【女性ホルモンの分泌変動】
一方で、卵巣を働かせるために「脳下垂体」から分泌される性腺刺激ホルモン(FSH・LH)は逆に40歳代に増加していきます。
これは「卵巣の老化」にお構いなく脳下垂体はどんどんホルモンを出して卵巣を働かせようとするためなのです。
【性腺刺激ホルモンの分泌変動】
いわゆる「更年期障害」といわれる症状が起こるのはなぜでしょうか。
これらの症状は不定愁訴とも呼ばれていますが、更年期の卵巣機能の老化、一連の性ホルモン系の変調に深く関連して起こる自律神経系の失調に起因しています。
つまり、更年期の「自律神経失調症」とも言えます。
ところで、「自律神経失調症」と言えば、年齢を問わず起こりうることですが、更年期には「極めて起こり易い」という点に特徴があります。
その謎は性ホルモン(内分泌)系も自律神経系もそれらの機能をコントロールする最高司令部が脳の同じ場所、つまり「視床下部」にあるからです。
更年期に起こる性ホルモン系の急激な変動により、自律神経系の変調を誘発しやすいのです。
これまでは、更年期に起こる性ホルモンの変動が自律神経系の変調を誘発する旨を述べましたが、では自律神経とは一体なんなのか?ということをここで説明いたします。
私たちは暑い時には身体から汗を出し、寒い時には鳥肌が立ち、うまく体温を調節して生きています。
これは自分の気持ち・意思とは無関係に自然に起こる体の反応です。
生き物の身体、その生命を支えるために自動的に仕組まれた機能が自律神経系です。
自律神経は身体のいたるところに張りめぐらされ、生命現象をコントロールしています。
それは相対立する反応をする交感神経と副交感神経から成り立ち、相互にバランスをとって生命現象を支えています。
例えば、胃や腸の消化器官に対しては交感神経が働けば「消化液の分泌を抑える」、反対に副交感神経が働けば「消化液の分泌を高める」といったようにちょうどいい関係で働いているのです。
同じ器官を支配し、 バランスをとっています
自律神経は心・感情の変化にとても敏感です。
交感神経
副交感神経
平静・休息の時
交感神経と副交感神経がバランスよく働く。
驚き・突然の恐怖・激怒の時
交感神経が極度に興奮する。
持続的な不安・緊張・ 怒り・興奮の時
交感神経と副交感神経がバラバラに興奮する。
失望・悲しみ・疲労・抑うつ・ 疲弊状態の時
交感神経・副交感神経共に働きが抑制される。
ある更年期の患者さんが自分の症状をメモして来院しました。
抜け毛、頭を振ると金属音(カチカチ)がする、涙、目やにが多い、視力が弱くなった、鼻が乾燥して痛い、身体がだるい、食欲不振、体を掻くと皮膚が赤くなる、息苦しい、心臓がハッとなる感じ、胸がムカムカする・・・まさに症状のデパートのようです。
人は誰でもこれらの症状の一つや二つは時には起こっているとも言えますが、若い時や心身共に健康と思っている時は気に留めることなく通り過ぎているのでしょう。
しかしこれらの症状は、更年期にはよく起こり易く、集中して頻発すれば日常生活、仕事に支障をきたしてしまいます。
更年期障害は個人差も大きく、非常に様々な症状で占められます。
周囲の人に軽視されがちな更年期女性の心理は、本人にとってとても苦痛で切実な問題です。
それはやるせなく、精神的にもやりきれない苦悩の連続です。
更年期を乗り切るためのキーワードは二つだと思います。
一つは人間としての「個」ということです。元々人は個人であり、そして女性あるいは男性の性役割を担い、人間として生きてきました。
人生の途上で多くの男女は結婚という生き方を選択し、家族を形成し生きてきたのだと思います。
いつのまにか、個としての自分を夫婦、家族の中に閉じ込めてしまったかもしれません。
人は誰でもかけがえのない自分、私を捨てられない、それが人間として生きていかなければならない者の宿命なのでしょう。
そして、もう一つのキーワードはよりよい夫婦、家族、人間関係を再生するためのコミュニケーションということではないかと思います。
ホルモン補充療法 (HRT)は、卵巣から分泌されるエストロゲンの減少により起こる更年期の 症状を、エストロゲンを補う事によって和らげる治療方法です。
また、エストロゲンとプロゲステロンを併用する事でホルモンバランスを保てば子宮体癌の発生を抑えられることがわかっており、これが現在行われているHRTです。
(プロベラ orプロゲストン、ヒスロン)
HRT適用外の方、またHRTを望まない方の場合には、漢方薬を使うのも選択肢の一つです。
エストロゲンの低下・減少により月経が止まり閉経後しばらくすると、膣、膀胱、尿道周辺一帯に変化が現れます。
セックス時のトラブルが多くなる。
膣は萎縮し、粘膜が薄くなり、潤いがなくなっていきます。
下着ですれたり、セックス時に痛みを感じたり出血したりします。
膣にはもともと細菌感染から身を守るためのしくみが備わっています。
膣の「浄化作用」といわれ、エストロゲンも関与し、酸性度が高く保たれています。
更年期以降、エストロゲンの低下とともに細菌感染による炎症(膣炎)を起こしやすくなります。
尿道周辺の粘膜の抵抗力が減少し、細菌による膀胱炎が起こりやすくなります。
また、非細菌性の膀胱炎が起こることもあります。
膀胱粘膜カの組織に出血が起こり、尿が膀胱内にいっぱいになると痛みを感じ、頻尿になります。
更年期の女性の尿失禁はほとんどが「腹圧性尿失禁」と呼ばれるものです。
これは、くしゃみや咳をしたり、重いものを持ったり、笑った時など、お腹に力がかかった時に尿が漏れるものです。
エストロゲンの減少で、膀胱粘膜や括約筋が萎縮し、これが尿失禁の原因となります。
腹圧性尿失禁の頻度
閉経後、女性の骨折が多くなるのはよく知られていますが、それは「骨粗鬆症」の発症が圧倒的に女性に多いからです。
「骨粗鬆症」は骨からカルシウムやリンが抜け出し、骨量の減少により骨密度が低下し、まるで「鬆」が入ったかのようにスカスカになった状態を言います。
骨は身体を支える重要な器官ですが、一方で体内の新陳代謝を円滑に行なうために、「血液中のカルシウム濃度を一定に保つ」という重要な役割を担っています。
骨は「骨細胞」と「骨基質」から成り、骨を壊す「破骨細胞」と新しい骨を作る「骨芽細胞」の働きのバランスで、常に新しく生まれ変わっていきます。
骨の主成分であるカルシウムは「骨基質」に沈着しています。
食事中のカルシウムは腸から吸収され、血液中に入り骨に運ばれます。
そこでリン酸と一緒になって、「骨基質」に沈着して骨の成分になります。
この「骨基質」は主にコラーゲンでできていますが、「エストロゲン」がこのコラーゲンの産生に関わっています。
閉経後エストロゲンが欠乏すると、コラーゲン産生が止まり、「骨基質」が減少します。
その結果「骨基質」が沈着していたカルシウムとともに骨から溶け出します。
これを「骨吸収」と言い、骨の密度が低下し、骨がもろくなっていきます。
閉経後は、血液中のコレステロールや中性脂肪などの脂質が増えていきます。
その結果、動脈硬化を誘発し、心疾患や脳血管疾患の発症が増えていきます。
65歳女性の死亡原因
今まで言われていた高脂血症は最近、脂質異常症と名称変更されました。
コレステロールは血液の流れに乗って身体の各所に運ばれて細胞の壁を作るときに大切な働きをするなど、生命現象にとって不可欠なものです。
コレステロールは肝臓で作られ、血液中に流出して運ばれ(LDL−コレステロール)、余分なコレステロールは再び肝臓に戻される(HDL−コレステロール)というしくみがあります。
そのため、血液中のコレステロールが一定レベルにうまくコントロールされており、その過剰により起こる動脈硬化が起こりにくいのです。
エストロゲンはLDL-コレステロールを減らし、HDL-コレステロールを増やす働きがあり、更年期までは女性は動脈硬化の発症からうまく身が守られているのです。
女性は閉経後、高コレステロール血症が急増する
閉経後、女性の心筋梗塞の 発生率は急増する
年齢とともに皮膚の老化が進み、しみやたるみが目立つようになります。
これらの変化は、エストロゲンの減少により拍車がかります。
しみやたるみなどに関連が深いのは、皮膚を構成する「真皮」といわれる組織です。
真皮は皮膚の弾性を保っている組織で、「コラーゲン(膠原線維)」や「エラスチン(弾性線維)」やヒアルロン酸などの成分からできています。
なかでもコラーゲンは、真皮の線維の90%以上を占める重要な線維です。
エストロゲンが減少すると、このコラーゲンの量が少なくなって、皮膚が薄くなり、弾力性が低下してきます。
また、エストロゲンの低下によって、皮膚に脂肪や水分を供給し潤いを与える「皮脂腺」の働きも弱まるので、皮膚がカサカサし乾燥してきます。
~海図のない航海~
更年期の「揺れるからだと心」、待ち受ける幾多のハードルを乗り越えることができれば「これからこそが楽しい日々が始まる」、そんな予感がするとは思えませんか?
「妊娠の不安」、「子育て」から解放され、少々の貯えもあって、絵を描いて、音楽を聴いて、時には夫婦で贅沢な旅をして・・・たくさんの自由を自分で設計できるかもしれません。
まだ30年も生きられると思えば、新たな何かに挑戦できるかもしれません。
人生は人には任せられない、自分の力を頼りに生きていくしかない、「揺るぎない柱」を立て、夫、家族、人生の仲間とともに漕いでいかなければならない「海図のない航海」なのでしょうか・・・・・。