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エッセイ集

クリニックにみる若者の性

(平成14年7月15日発行 sexuality NO.5に掲載)

(1) 避妊に失敗した若者たち

はじめに

 私は長かった大病院での勤務医生活から一転し、1999年6月より個人クリニックを開院した。立場が変ってみると、今日の若者の性がいっそう身近に感じられるようになった。彼らにとってセックスは日常的、普通の出来事であり、おしゃべりの延長線上にあるかとさえ思われる。簡単にセックスし、妊娠し、性感染症(STD)にかかる若者は確実に増えている。頻回に出会いと別れを繰り返し、とても落ち着かない日々を送っている。性の現場は右往左往、出口の見えないまま、望まない妊娠、STDは増え続けている。進行する性開放の行く手に何が見えてくるのか、暗中模索の年月はまだしばらく続きそうである。
 私のクリニックは仙台駅東口のオフィス街にあるという立地条件のためか、受診者の7〜8割が未婚者で占められており、人工妊娠中絶を希望する患者が多い。カップルで受診すれば、「中絶希望かしら?」とこちらが憶測してしまうほど、彼らはとても仲良くやって来る。昨今は妊娠試薬が市販されており、妊娠を知って中絶を決めて来院する者が多く、手術までの経過は比較的順調に運んでいく。中絶手術後、避妊指導の中で積極的にピルをすすめているが、ピル服用までのハードルはまだまだ高い。避妊指導のために行っているアンケート調査から、彼らの性行動、避妊の実態を探ってみる。対象者は、初期妊娠中絶手術を受けた10代、20代前半(20〜24歳)の患者177名である。

1)「妊娠は心配」でも、避妊しない女性たち

 セックスに際して「避妊を意識していたか」の質問に、8割を超える者が「はい」と答えていたが、しかし、実際に「いつも避妊していた」者は約2割のみであり、「時々」がほぼ6割、「しない」が2割であった。避妊の方法は、大半が男性避妊法であり、「いつも」と回答した者ではコンドームが約6割であり、「時々」と回答した者ではコンドームが減少し、膣外射精や膣外射精とコンドームと、より不確実な避妊法が多くなった。

2)避妊が不確実でも、不安意識は低い

 「避妊について不安だったか」では、「いつも」が14.7%のみであり、「時々」が52.0%と多く、避妊が不徹底でも不安意識は曖昧に揺れている者が多かった。避妊法がほとんど男性主導のコンドーム、膣外射精であったことからして、避妊は必要と感じていてもセックスの場面で自らの意思が反映されることがなく、男性任せになっているのである。女性の意思決定、行動力が働かない関係では、女性の不安意識も不明瞭であるのは当然であろう。中絶手術を受けた直後でもあり、予想されたことではあるが、「今後の避妊は不安か?」では、9割弱の者が「はい」と答えていた。
しかしながら、女性が男性任せで、男性が避妊にいい加減だったからと、それだけでは若者の避妊の問題を理解することはできない。

3)若者の中にある「産みたい、産んでほしい願望」(図1)

 今回の妊娠が分かったとき、「最初産むつもりでしたか」との質問に、「いいえ」と答えた者が57.1%と多かったものの、一方で「迷っていた」はごくわずかであり、「はい」と答えた者が36.7%もいたことにはとても驚かされた。さらに、相手も「産んでほしい」と33.5%の者が答えていた。彼らはセックスに際して、避妊の必要性を感じていても、必ずしも「妊娠しては困る」と強く認識しているわけではない。避妊意識はかなり不透明であり、彼らにとって「産みたい、産んでほしい」との願望は、「愛情確認の確かな証」としてとても大切な部分を占めているのかも知れない。事実、待合室で待っているカップルには意外と深刻さはなく、むしろ誇らしげに華やいでさえ見えることも決してめずらしくない。こうした若者の状況を考えると、今日の性教育の難しさを知る思いがする。避妊法のそれぞれを実際的に理解させるのは言うに及ばず、セックスして妊娠したら、現実問題として産めるのかどうか、産むための条件とは何か、深く日常生活に踏み込んで考えさせるような性教育が必要なのである。

妊娠による産みたい、産んでほしい願望
4)妊娠危険日を知っている若者はごく少数(図2)

 女性の月経周期のなかで、妊娠の可能性のある日、避妊の必要の期間についての質問に、正解者は6.2%と極めて少ない。不正解者は92.1%であり、うち避妊の必要な期間をオーバーに答えており結果として妊娠可能日を避けられる者はいるが、最終的には妊娠の危険のある者は75.7%であった。女性の性機能、妊娠のしくみについて正しく知っている者はいまだ少数である。

妊娠危険日の認識
5)二人で乗り切る人工妊娠中絶手術 (図3)

 妊娠そして中絶決定の過程はほとんどが二人の世界で展開されている。
10代でも親に相談する者はわずかであり、親が費用負担をする者はごく少数にすぎず、親に借金する者もいる。高額の中絶費用を準備するのは若いカップルにとっては大変なことである。相手が全額負担できるのは37.9%にすぎず、4割のカップルは二人で分割しており、本人が全額負担するケースすらある。中絶手術を受けるのは一方的に女性であっても、そうした女性の立場におもんばかるほどの余裕も経済力もない男性を女性も意に介せず受け入れていく。彼らは彼らなりのやり方で難局を乗り切っていく。今日の大人たちには考えてもみなかったことである。日本人の男女関係、ジェンダーもこうして確実に地殻変動を起こしているのであろうか。

手術費用の負担者の割合
おわりに

 私のクリニックは有力企業のテナントビルの一角にある。前の病院からの馴染みの年配の患者は、あまりに若い患者が多く一種異様な雰囲気でカルチャーショックを受けるという。待合室は流行の先端をいくメイク、ファッションで身を固めた若い女性で溢れ、ドアの外ではパートナーが座ったり、立ったりして待っている。かれらは精神的にも社会的にもあまりに未熟であり、簡単にセックスし、簡単に傷ついていく。大人に相談することもなく、苦境を前にして彼らは優しく寄り添っていく、こんな時代が来ることを私たち大人世代は想像できたであろうか。私たちが実現できなかった大切な何かを彼らは探し求めているのだろうか。しかも、あまりに大きな代償を払ってである。

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