(平成18年1月28日から河北新報「論壇」に掲載 全6回)
日本の人工妊娠中絶(以下中絶とする)件数はようやく減少に転じたものの、2004年度には30万1673件も行われた。うち、56.8%が10代、20代だった。私のクリニックでも年間300件もの中絶があり、そのほぼ9割が未婚者の望まない妊娠の結果だった。
中絶を受けた女性の半数は、喪失感、後悔、罪悪感、自責の感情を抱くと言われてきた。厚生労働科学研究費補助金研究事業(02—04年)分担研究「中絶後の心のケアに関する研究」では、中絶を受ける側(女性)と中絶を行う側(医療者)について実態調査を行った。
中絶に際して女性は「自分の体」「自分の健康」「後悔しないか」などの心配が強く、特に未婚者では援助を求める気持ちが強かった。しかし実際は医療者から受けたサポートは少なく、「罪悪感・汚名への不安」などから、うつ傾向を誘発し自尊感情を低下させている実態が明らかになった。一方、医療者251人の調査では、2人を除いて全員が「中絶前後の心のケア」を必要と考えていたが、しかし実際は「時間がない(76人)」「方法が分からない(73人)」などの理由から行っていなかった。
中絶医療は従来、医療者側主導の技術提供を主軸に行われ、結果として、中絶を受ける女性自身の「心の健康」への配慮を置き去りにしてきた。しかし、今その問題に、医療者も中絶を受ける女性も気付き始めている。
日本ではいまだ「性は結婚生活の中にあり」が国民の意識の底流にある。中絶は、結婚した女性の家族計画の手段として容認されてきたが、結婚前の中絶は白眼視され、個人の責任として解決されてきた。○○医院で「しかられた」「怖かった」「説教された」など、患者さんから訴えられることも少なくない。思春期・10代も含め、すべての女性が同じ医療システムの中で扱われ、費用負担も同一で、行政の施策がまったくない。
性開放が加速する一方にあって、中絶の約6割が未婚者で占められている。性行動の低年齢化、かつ晩婚化が進行し、未婚期間が延長した。また生涯未婚率も徐々に増えており、すべての人にとって結婚が性の生き方とは言えなくなった。性と結婚の別立てが一層進んでいる。
英国、フランス、北欧など欧州では「望まない妊娠を防ぐ」ために社会的施策を持っている。病院以外にも家族計画クリニック、ウィメンズセンター、思春期クリニックなどで、気軽に、しかも安くサービスが受けられる。20年前、私が欧州を視察したときにも、思春期の中絶は無料ででき、ピルが無料で渡され、カウンセリング・避妊指導がされていた。避妊、中絶が権利として認められ、性教育が制度化され、未成年者の「性の健康と権利」に配慮されている社会を目の当たりにした。
先の研究事業の一環として取り組まれた「中絶前後の心のケア」に関するカウンセリングマニュアル作りに、私のクリニックも参加した。医療者は中絶を受ける女性を批判・評価してはいけない。中絶を受容し、支援することだ。初診時から術後の保健指導まで、同一の助産師・看護師が一貫してかかわること自体が、心のケア・カウンセリングになる。それは、現在の医療の中でも容易に実現できるシステムであることを提案した。
性や中絶に対する認識を根本から問い直し、医療システムの整備とともに行政的施策が今求められている。