(平成18年1月28日から河北新報「論壇」に掲載 全6回)
1999年9月、ようやく日本でもピルが解禁になった。2004年度の厚生労働科学研究費補助金研究事業の報告によると、16歳から49歳までの女性の1.9%が既にピルを使っているという。これを生殖可能年齢の女性人口で試算すると、54万6000人となる。しかし、いまだほかの先進国に比べてダントツに低率だ。
日本のピル認可が、なぜこれほどまでに遅れたのか。米国に遅れること約40年、「避妊後進国」と言われ、国連加盟国中、最後の認可となった。
ピルの誕生は1930年代、米国の社会活動家マーガレット・サンガー女史が、ある夕食会でピルの生みの親、グレドリー・ピンカス博士に出会い、「女性が自ら簡単にできる確実な避妊法はないものか」と相談したことに端を発した。
以来長い研究の歴史があり、より安全で避妊効果の高い低用量ピルが開発された。既に全世界で1億人の女性が服用しており、その有効性が試され済みだ。ヘビースモーカーなど服用禁忌の条件はあるが、副作用も軽微であり、そのために服用中止する女性はほとんどいない。
86年、当時の厚生省の作成したガイドラインに基づいて、臨床治験が5000人の女性に行われた。1年以上に及ぶピル服用の結果が出そろい、有効性や安全性が実証された。92年には承認・実用化される見通しであったにもかかわらず、またもや承認が先送りになった。「ピルを認可すると、女性の性のモラルが乱れる」という理由からとのうわさが当時飛び交ったが、公式にはエイズ予防という「公荆衛生上の見地」からとされた。
皮肉にも、90年代の日本の性をめぐる状況は一層深刻さを増した。日本人のエイズ感染者が増加の一途をたどり、性感染症、中絶が、特に若者に増加し続けた。ピルが認可されていれば、もっと深刻な事態になったとも言うのだろうか。
ピル服用者の性感染症罹患(りかん)率はむしろ少ないとの報告がある。私のクリニックで1年以上服用している女性114人の調査でも、服用中の感染率は4.4%にすぎなかった。また、先の研究班の報告でも、01年度から若者の人工妊娠中絶実施率が減少に転じたのは、ピル処方件数増加の効果であると実証された。ピルの服用でよかったのは「確実に避妊ができる」77.1%、「人生設計ができる」44.7%と答えている。実際、ピル服用によって「性の健康」に対して自己管理意識が啓発され、前向きに考える女性が増えている。
日本では、いまだ「避妊」に対する切迫感・危機感が希薄だ。先の研究班の報告でも「いつも避妊している」43.9%にすぎず、その避妊法の大半が「コンドーム」「膣外射精」であり、男性主導だ。「妊娠すれば中絶すればいい」の思いがどこかにあるのか、女性自身もそうした男性依存の関係を受容してきた。
避妊は「人口抑制の手段、望まない妊娠を避けるため」にとどまらない。女性として、安心して積極的に生きるための権利として位置付けられなければならない。避妊の選択肢にピルが加わったことで、ようやく女性も自らの性の主体者になれる道が開けた。避妊は「性の健康」の重要な柱であり、自らの責任で管理すべきもので、国家によって管理されるものではない。
ピルに関して信頼できる情報が得られ、安心して相談できる窓口、容易に入手できる体制の整備が早急の課題だ。