(平成18年1月28日から河北新報「論壇」に掲載 全6回)
「HIV/エイズー『感染爆発』への警告」と題する論文特集の中で、社会疫学分野の専門家木原正博、木原雅子の両氏が大略次のように述べていた。
「アジアのエイズ流行についていくつかの予測研究がされており、最悪のシナリオでは、日本は2010年までに5000万人もの感染者を抱えるアジアの近隣諸国に囲まれる。そうした文脈において、エイズ流行の波がわが国を襲うまでに、もう残された時間はほとんどない」(月刊「世界」04年1月号)と。
その後、アジア諸国の感染者・患者は最悪の予測を上回る規模で拡大しつつあり、日本社会でも増え続けている。
04年エイズ発生動向、分析結果が厚生労働省エイズ動向委員会から報告された。04年におけるHIV感染者とエイズ患者は1000人を超え、いずれも過去最多となった。感染経路は性的接触による感染が多数を占め、国内での日本人国籍の男性、特に2、30代の感染者が急増した。20代までの異性間の感染数では男女差がほとんどない。
身近な医療現場でHIV感染者に出会うことはめったにない。しかし、身近な性感染症であるクラミジア、淋(りん)菌、ヘルペス、コンジローマなどには毎日出合う。私の医院では年間300人もの性感染症の女性が訪れる。性感染症があれば、エイズ感染への感受性が数倍も高まることが知られ、こうした状況が続く限り、エイズの爆発的流行はもはや至近距離にあるとみなければならない。
前出の論文も指摘する通り、若者の性意識・性行動は特に1990年代になって大きな変化が見られ、従来の性規範に縛られない、リスクの高い性行動が拡大した。初交年齢の早まり、多数の相手と性交渉を行う傾向、性交までの付き合い期間の短縮化、カジュアルセックスの増加、オーラルセックスの広まりなどだ。これらの変化は女性に著しく、男女差が一気に縮小し逆転に向かってもいる。
医療の第一線は社会状況の変容の真っただ中に置かれ、性行動に伴う喜怒哀楽と葛藤が渦巻く場ともなっている。「性病が心配」「彼が性病なので」「友達に話したら性病かと思って」と訴えて受診する女性が多くなった。性感染症と診断し、説明した途端、彼女たちの不安・感情が一気に爆発することも珍しくない。
2年前、助産師・看護師による保健指導を導入した。「不特定多数とコンドームなしでセックスしていた」「彼がコンドームを着けるのが嫌なので使わなかった」…と、感染リスクの高い性行動の実態が明らかになり、感染ルートを特定できた者は3割程度にすぎなかった。
コンドームは感染予防の最大の武器である。しかしその常用者は2割に満たない。コンドームの使用を、彼が決めている者は1—2割、4—5割は2人で話し合って決め、1—2割は女性自身が決めている。うち女性が決めている者のコンドーム使用率がむしろ低いという結果に驚かされる。女性はその性役割ゆえに性的にハンディが大きいにもかかわらず、自尊感情や予防意識が低く、リスクの高い無防備な性行動に流されている。
カウンセリング・保健指導を終えた段階でも、「彼がコンドームではイカナイ」「彼に言えない」という意識の女性が少なからずおり、コンドーム使用へのハードルは容易に乗り越えられそうにない。性感染症の増加と緊迫するエイズ流行の危機、その流れを変える要は女性自身が握っていることを自覚してほしい。